3丁目までの冒険 1
「ちょっと、ω!!」
日曜日の正午、リビングでまったりと本を読んでいたωは、お母さんの怒鳴り声の方に首を捻りました。柔らかそうな茶髪と垂れ気味の目はまるで女の子のようですが、ωは男の子です。
「なに~?」
本を手に持ったまま、ωはお母さんの側に歩み寄ります。
「暇ならお母さんのお手伝いしてちょうだい!!」
「暇じゃないよ、本読んでる」
十歳のωは、口ばかり成長したとよく言われます。僕は口裂け女じゃないんだけどなとωは思いますが。
「それは暇と言うの! ちょっと魔族を倒してきて!」
お母さんは書類になにやらいろいろ書き込みながら、理不尽な頼み事をしました。
ちなみに、お父さんは魔術師で、今は出張に行っていていません。お母さんはお父さん専属の秘書ですが、結婚前は剣士だったそうです。
「魔族って、どこの?」
「3丁目を少し行った先の洞窟!」
その洞窟の近くには森があるのですが、近ごろ森の動物の数が激減したらしいのです。町内会長が調べたところ洞窟から魔力を感じたので、魔族討伐が決定されたのですが……
「近所の奥さんも町内会役員さんたちも忙しいのよ! だからこの件は子供会に任せられたってワケ」
「任せたんじゃなくて押し付けたんでしょ」
「いいから早く行きなさい! 男の子でしょ!」
お母さんは元剣士なだけあって太くたくましい腕を横に薙ぎました。ωは素早くしゃがんでそれをかわします。
お母さんが行けば2時間で片が付くのにな。
そう思いながらもこれ以上の反抗を諦めたωは、自分の部屋に剣を取りに行きました。ωは剣士なのです。
部屋に入ると、ωは白い鞘に収まった自分の剣を掴みました。長さはωの身長の半分くらいで、丈夫で軽い金属で出来ています。
その剣を紐で背中にくくりつけ、いつも準備しておけとお母さんに言われている、荷物が詰まったボストンバッグを肩に掛けました。と言っても、どうせ三丁目までなのですが。
「行ってきま~す」
ωは玄関の扉を開けました。すると、玄関の前にはωと同じ年頃の子供たちが4人もいました。
「お、やっぱりωもお母さんに追い出されたかー!」
にへっと笑うのは、拳士のαです。
いつものように鉢巻きを頭に巻き、タンクトップを着ています。見た目のとおりの元気少年です。
「αもお母さんに言われたの?」
「おー! でもωがいてよかったぜ!」
αはωの肩をぽんっと叩きました。すると、
「きゃーっ!!」
ふわふわ金髪を肩まで伸ばした少女、ななは真っ赤になった頬を両手で包んで叫びました。「男の友情よーっ、そして恋愛の始まりよーっ、きゃーっ!!」
ちなみにななは魔術師で、治癒魔法を得意としています。明るくていい子ですが、時々わけのわからないことで興奮するのがたまにきず。
以前彼女の家に遊びに行くと、彼女の部屋にはBLとか萌えとかよくわからない単語を散りばめた雑誌が積み上げられていました。
「もーっ、なんてドキドキするのかしら!! 興奮して鼻血が飛び出しそう!」
「なな」
つんつんと腕をつつかれ、ななは横を向きました。
「鼻血、汚い」
黒髪のショートボブ、黒い切れ長の目を持つ少女は、にポケットティッシュを差し出しました。ちなみにななは鼻血を出しているわけではありません。
「ちょっとみずき、私が鼻血を出したみたいに言わないでよ」
「出さないの?」
「そんなはしたないことしないよ」
嘘だ、とωは思いましたがそんなことは言いません。
「わかった」
みずきは無表情に頷き、デニム素材のベストのポケットにティッシュをしまいました。内ポケットには2丁の拳銃が収まっています。
「おい」
みずきとななの間に割り込んで、銀髪の少年がωの前に現れました。
獣人である彼の頭には狼の耳が生え、顔を除く全身が灰色の毛で覆われているため服は着ていません。
「あ、ρ」
「お前、俺に借りたマ〇オカー〇いい加減に返してよ」
ρは腕を組み、足を踏み鳴らしました。
「あ、ごめん。あれデータ消えちゃった」
「はぁ!?」
ρの全身の毛が、怒りで逆立ちました。
「最後の最後でピーチに抜かれちゃって、ついコンセントを引っこ抜いたのが悪かったかなぁ」
「当たり前でしょおおおおおおおおおおお!!」
ρはフーッと獣のように唸ります。
しかし、
「ρ」
右腕のあたりの毛を引っ張り、みずきはρを見上げて言いました。
「ケンカ、やだ」
「…」
「やめて?」
ρはみずきの腕を振り払うと、ぷいっと顔を逸らしました。
「あーっ、最悪っ。なんで僕が悪者なんだよ」
ρは吐き捨てるように言いましたが、しっぽをちぎれんばかりに振っていました。
「あっ!」
突然、αは大声をあげました。
「今日K-1があるんだった!!」
αは拳士なので、K-1は欠かさず見るのです。
「何時からなの?」
「9時! あーもう録画頼むの忘れたーっ!!」
αはωの腕をギュッと掴むと、
「急いで魔族を倒すぞ!」
猛スピードで走りだしました。
みずきは隣をちらりと見ると、先程のポケットティッシュを再び取り出しました。
ななはそれを受け取ると、一筋流れた鼻血を拭き取りました。