3丁目までの冒険 2

 さて。

 そんな風にして、なんとか旅に出たωたちですが、大事なことを忘れていました。

 先頭を走っていたαは、とんでもない方向音痴だったのです。

「おいっ、どうすんだ!!」

 ρはαを睨みつけました。

 彼らがいる場所は、街灯が並ぶ広い道の真ん中。その道は1丁目に繋がっています。彼らが出発したのは2丁目で、目指す3丁目は2丁目より東にあります。ここは2丁目より西。つまり彼らは逆方向に進んでしまったのです。

 ちなみに彼らの住む国は、地区どうしの間がかなり離れています。その距離は子供の足で二時間半かかる程。

「今から引き返すのか!? 野宿になるぞ!!」

 ρは西の空を指差して怒鳴りました。どこか懐かしく温かい色の太陽が、山の端に半分埋まっています。
 しかしαは顔を真っ青にしました。

「K-1に間に合わねぇ!!」

「問題点はそこか!?」

 ρは思わずツッコミを入れてしまいました。

「もう諦めろ…大体、方向を間違えなかったとしても間に合わなかったと思う」

「3丁目の宿に泊まって観ようと思ったんだよ!!」

 αはぷうっと頬を膨らませて叫びました。

「…ね~、α」

 しばらく成り行きを見守っていたωは、のんびりとした口調で言いました。

「このまま、1丁目まで行かない?」

「え」

「1丁目で宿を取ろうよ」

 αはぽかんと口を開けたままωを見ていましたが、やがてぱあっと顔を輝かせました。

「その手があったか!」

 テンションが上がったαは、ωをきつくハグします。

「やっぱお前すげーよ! さすが俺の親友!」

「大げさ」

 ωはいかにも迷惑そうに呟きましたが、ωの一言にこだわるαではありません。

「よーし、あの夕日に向かって走るぞ!」

 青春スポーツアニメのような台詞とともに、αは足を踏み出しかけました。

「待って」

 その時、口を開いたのはみずきでした。普段は寡黙なみずきが不意に声を出したものですから、当然みんながみずきを見ます。

「どうした?」

 ρが尋ねました。

「ここ、出る」

「何が?」

 ななは鼻を抑えながら問いました。そうしないと、先程のωとαのハグで出かけた鼻血が垂れそうだからです。

「魔物」

 みずきは無表情のまま答えました。

「魔物?きゃーっ!!それは本当なの!?」

「うん。だからここ、人あまり通らない」

 みずきは胸元をそっと撫でて、二丁の拳銃が入っていることを確認しました。

「うーん、でも他の道探してたら遅くなっちゃうよね」

 そうは言いましたが、ωはどうでもいいと考えていました。とにかく宿を見つけて、ふかふかベッドで眠れるなら多少遅れてもいいのです。ところが、αはそうではありません。

「行く!」

 彼は言い切りました。少々頑固なところがある彼は、言い切ったが最後決して意見を曲げません。

「でも、危ない」

「危なくなーい!いざとなったら俺が守ってやる!!」

 αは拳をみずきに突き出すと、フンと鼻を鳴らしました。

「…ありがと」

 みずきは珍しく微笑みました。

「フラグが立った」

 アルプスの少女のあの名台詞のような言葉をωが呟くと、ρは眉間にシワをよせ、狼耳をピクピクと動かしました。

 

「…ん~」

 日が沈み、辺りが少し薄暗くなってきた頃。

 結局1丁目に向かって歩いていたωたちは、ふと歩みを止めました。

 ωは隣のρに話しかけます。

「いるよね?」

「いるな」

 ρは頷くと、空気の匂いを嗅ぎました。獣人である彼は鼻がよく利きます。

「魔物のイノシシが9頭に…この匂いは鳥人か? 魔族もいるのか…」

 ちなみに、魔物は闇の力を有する獣、それが知性を持つと魔族というふうに区別されています。

「どうする? ω」
「うーん、なな、何とか出来ない?」

 ωは後方のななを振り返りました。

 ななは胸を反らすと、

「お任せ!」
 自信満々に言って、祈るように手を組みました。

「閃光爆発!」

 叫び、両腕を伸ばして一回転すると、彼女を中心とする半径50mほどの円の中が白い光に包まれました。

「うあっ!」

 円のあちこちで小規模な爆発が起こります。もちろん、ωたちは何ともありません。

 閃光爆発―闇の力を持つ者を感知し、爆発で攻撃する中級魔法です。

「くそっ」

 光が消えると、薄闇の奥に人影が現れました。いえ、正確にいえばそれは人ではありません。黒いローブを身に纏い、二本足で立っていますが、頭は鷲なのですから。

「ええぃ!出てこい我が下僕っ」
 鳥人は翼を勢いよく縦に振りました。すると、薄闇の奥から次々と醜いイノシシが出てきました。しかも、ωたちを囲むように配置されています。

「え~っ、急展開すぎるでしょ」

 ωはゆる~くツッコミますが、さして困ったふうでもありません。

 鳥人はそんなωに苛立ったのか、嘴から唾を飛ばしまくって叫びました。

「うるさいわっ!命が惜しければ有り金を全て置いていけ!」

「魔族ってお金いるの?ρ」

「なんで僕に聞くんだ?まぁでも腹が減るってことはないはずだ。魔法で何とかなるしな」

「もしかして、顔を変えたいんじゃねーの?不細工だし」

「整形?気にしてるのね」

「…整形プッ」

 ぶちっ

 口々に言い騒ぐ子供たちに、鳥人の何かが切れました。

「ええええぃうるさい!!かかれ下僕ども!」

 鳥人が吠えると、立派な牙を生やしたイノシシたちが一斉に向かってきました。

「瞬間移動!」

 ななが叫び、4人はとりあえずイノシシたちの攻撃を瞬間移動で避けました。

「一人2匹ずつだからな!横取りすんなよっ!」
 こんな時だけ計算が早いαは、拳を固めて猛然とイノシシに向かっていきます。

「ブルルァァァッ」

 いきり立つイノシシたちの牙が、濃い紫のオーラで包まれます。闇の力―ただ有するだけでもパワーアップするエネルギーです。
 それを牙に直接纏ったのですから、掠っただけでも相当な深手を負うことはまず間違いありません。

 しかしαは恐れることなく向かっていきます。彼の両拳に、風の渦が集まりだしました。

「じゃまだーっ!」

 αは高くジャンプしました。そして、風を帯びた拳を、一匹のイノシシの目と目の間に叩きこみました。

「ブルルァッ」

 イノシシはその場に倒れました。それだけではありません。彼の拳は爆風を巻き起こし、近くにいた3頭のイノシシを巻き添えにしたのです。

 拳風―代々αの家で受け継がれる伝統の技。αは歴代最強と囁かれている程の継承者です。 しかし、その技をかっこよく決めたαは、ショックのあまり膝から崩れ落ちてしまいました。

「お、俺が鳥人倒そうと思ったのに…もう役目終わっちゃった…」

「約束は守れよ」

 クールに言って、飛び出したのはρです。

 仲間を4頭も倒され、少し怯えていたイノシシたちですが、ρを見るとやけくそになって突進してきました。紫のオーラを纏う、不気味な牙。

「ひっこんでろ」

 ρは呟き、サッと消えるとイノシシたちの牙を全て叩き折りました。あまりの素早さに、イノシシたちは反応すら出来ません。

 ρの、灰色の毛に覆われた指には、長く鋭い爪が生えていました。まるで小刀の刃のように鋭利です。鋭いだけでなく強度も抜群なその爪にとっては、イノシシの牙なんて大根程度だったに違いありません。

 ρはオロオロするイノシシたちに、さらに襲い掛かろうとしました。
しかし、

「ρ。ステイ」

 みずきの声に、動きをピタッと止めました。獣人の中でも特に強い狼族のρですが、みずきには従順な犬なのです。

 みずきは2丁の拳銃を取り出すと、イノシシ目掛けて乱射しました。弾はイノシシの折れて残った牙に当たり、イノシシを殺すことなく倒していきます。

 みずきがわざわざそうしているのは、ある理由があります。―優しさ?まさか。

「血はななでうんざり」

 だそうです。

 そうこうしているうちに、残ったのは鳥人だけになりました。

「じゃあ最後は僕だね」

 ωはうれしそうに笑うと、背中の剣を抜きました。のんびり屋と言われているωですが、戦いは好きなのです。

「―!くそっ」

 鳥人は舌打ちすると、ローブを投げ捨てて空に羽ばたきました。流石は魔族。イノシシたちよりは頭がいいようです。

「ふははは!死ね小僧!」

 鳥人は高笑いすると、嘴から闇の塊を乱発しました。闇の塊はそれ自体がエネルギーの塊なので、当たれば一たまりもないでしょう。

「汚いなぁ」 ωは顔をしかめつつ、剣で頭上に降ってくる闇の塊を払い続けました。十歳とは思えない剣捌きなのですが、鳥人は驚きません。この子供たちの強さは、先程の戦闘でも明らかでした。

(しかし、奴は剣士!攻撃してこないのを見ると銃士の弾も切れたのだろう。つまり空にいる限りこちらに負けはない!)

「よし、溜まった」

 鳥人の思考は、ωの一言で途切れました。

「…は?」

「溜まった。やった」

 無邪気な笑みを、ωは鳥人に向けます。ついでに剣先も鳥人に向けました。

 剣の刀身が、濃い紫のオーラで包まれます。

「…ま、まさか」

「発射~♪」 シークの剣先から、闇のオーラが放たれました。しかも光速で。

「卑怯だろぉぉぉっ!!!」

 鳥人の叫びは、闇のオーラに掻き消されました。

 

ωは確かに剣士ですが、ただの剣士ではありません。

 ωの母は元剣士、そして父は魔術師です。よってωは幼い頃から、剣術と魔術の両方を教わってきました。

 しかし、5歳の頃にωには魔力が皆無だとわかったので、剣をメインとすることになったのです。

 それでもωに魔術を教え続けた父のおかげで、ωは剣に相手の魔力や技のエネルギーを溜め、それを魔術に応用することを覚えたのでした。


「さーて、皆さん大丈夫?」
 戦闘にほとんど参加しなかったななは、一人だけ元気ハツラツでした。

「怪我はないが、疲れた」

 ρが答えると、ななは全員に回復魔法をかけました。

「聖光」

 疲れをとるだけなので、初級魔法でも充分です。

「回復したわよ!」

「ありがとう」

 ωは柔らかく笑って、踵でターンして西を向きました。

 辺りは大分暗くなりましたが、このまま行けば9時までには1丁目に着くでしょう。

 目的地が違うんだけどなぁ…ぼんやりと考えましたが、ωは特に気にしていません。お母さんに帰宅時刻までは決められませんでしたから。

「出発進行~」『おーっ!』

 小さなパーティーは揃って拳を西に突き出し、再び歩き出すのでした。

「……うう」

 深夜、やっと鳥人は意識を取り戻しました。

「なんか、スースーするな…うわっ!?」

 鳥人は自分の体を見て声をあげました。

 毛並みが自慢の、自分でも美しいと自負する羽毛…それが所々ハゲているのですから。

 鳥人の側には、書き置きが残されていました。

『知ってる?鳥人の羽毛って持ってると魔力が増加するの!!だからちょっと貰っていくわね。

P.S.あんな技じゃ女の子にモテないわよ』

「うわあああん!!」

 鳥人は号泣しました。