3丁目までの冒険 3

「やっと着いたーっ!」

 1丁目に着くと、αは歓喜の声をあげました。

 もう夜なので人は少ないだろうとωは考えていましたが、実際は所狭しと屋台が並べられ、夜ならではの賑わいを見せています。

「宿ーっ!」

 αは仔犬のようにせわしなく走り回り、宿を探し始めました。しかし、よくよく考えて見てください。

 屋台に宿があるわけないでしょーが。

「宿、あの先」

 αが暴走して行方不明になる前に、道路の先を指差したのはみずきでした。

「ん?カリン道わかるのか?」

「前に泊まったことある。でも、高い」

 この場合の『高い』は、値段でしょう。そのくらいはわからないと、カリンと会話は出来ません。

「大丈夫!」

 みずきの心配を、ななは胸を叩いて吹き飛ばしました。

「じ・つ・は!イノシシの牙を拾っておきました!」

 ななはその場にしゃがみ込み、膨れたリュックサックから手の平サイズに切り分けた白い象牙のような物をたくさん出しました。

 強か者のなな、取ったのは鳥人の羽毛だけではなかったのです。

「…なな、お前戦闘中に何やってんだ?」

 ρの責めるような視線なんてまるっきり無視して、ななはイノシシの牙を近くの屋台に売り付けました。この国ではイノシシの牙は高く売れます。魔物ならなおさらです。

「ほら、金貨!」

 ななは金貨がぎっちり詰まった小袋を自慢げに振りました。これなら宿代どころか、これから必要な品をいろいろと買い揃えてもお釣りがくるでしょう。

 自分と同い年で既に世渡り上手な友人を眺め、自分も見習わなきゃな~とωは考えました。


 宿に着くと、αはすぐさま食堂に向かいました。食堂には念願のテレビがついていました。

「よっしゃ!いけーっ」

 食事もそこそこに終え、αはテレビの中の格闘家たちに白熱しました。食堂にはωたちしかいないので迷惑がる人もいません。
 しかし、さすがに熱いファイトが2時間も続くと、α以外は飽きてきました。

「α、先に戻るよ」

「おー」

 αはちらりとωたちに目をやると、再び格闘家たちを応援しはじめました。


「わーい♪」

 部屋に入ると、ななは大の字になってベッドに飛び込みました。お金を節約するために、部屋は一つしか借りていません。部屋にはダブルベッドが二つあります。

「あ、私とみずきはこっちに寝るから、男3人はそっちのベッドで寝てね~」

 枕を抱いて、ななは笑みを浮かべます。よからぬことを企んでいるに違いありません。ρは、ななが売店でカメラを買っているのを目撃していました。
 そうρが言うと、ななは笑みをさらに広げました。

「じゃあρ、みずきと寝る?」

「―っ!」

 ρは顔を真っ赤にしました。この時点で、照れ屋な狼さんの負けは決まったのです。

「…みずき、どっちでもいい」

 いま一つ意味がわかっていないみずきは首を傾げましたが、ρはブンブンとちぎれんばかりに頭を振って、もう一方のベッドに倒れ込みました。

「さて」

 ρとのミニバトルに圧勝したななは、上体を素早く起こしました。

「これからどうするか、なんだけど」

 ななは、売店で買ったらしい地図を広げ、一点を指差しました。

「ここが現在地。…で、ここが3丁目。この間には鉄道が走っているのよ」

「じゃあ、それに乗れば3丁目まですぐだね」

 ωは顔を綻ばせました。正直、3丁目まで歩くのはめんどくさいな~と考えていたのです。

「そう。明日はそれに乗って、3丁目まで行く。その前にいろいろと買い物もしたいから早起きしなくちゃ」

 明日の予定が決まったので、ななはそこで会話を止めました。しかしωはまだ何か言いたそうにしています。

「どうしたの?」

「…ね~、僕たちが倒しに行く『魔族』って、どんなのだと思う?」

「え?」

 ななは顎に手を当てて考えました。急にそんなことを聞くなんて、ωにしては珍しく怖くなったのでしょうか。

「そりゃあもう、おっそろしい怪物じゃない?森の動物を全部食べちゃうくらいの」

 なながそう答えたのは、ωに少し意地悪してやろうという子供っぽい考えからでした。

 しかし、てっきり怖がるかと思ったωの反応は意外なものでした。

「それって、悪いこと?」

「え?」

「動物たちは可哀相だけど…僕たちだって肉を食べたりするじゃん」

 ωは、ρが寝ている方のベッドに腰を下ろしました。ρの耳がピクッと動きます。
「それなのに、その魔族を倒しに行くのかな~って…仕方ないけどね。動物たちが減ったら、人間が困っちゃうし」

 ななはこの言葉を聞いて初めて、ωがどうしてこんな事を言い出したのかわかりました。

 ωは思ったよりもずっと、ずっと多くの事を考えていたのです。

 ななが言葉に詰まっていると、今までずっと黙っていたみずきがωの隣に腰掛けました。

「…悲しい?」

 慰めるように、そっとωの頭を撫でます。

 ωはいつもの柔らかい笑みを浮かべると、

「悲しくないよ」

 ただちょっと、不思議に思っただけ―そう答えるのでした。