3丁目までの冒険 8(パート1)

~みずき・ななSide~

「大変です!!」

 外の見回りに行っていた下っ端の一人が、焦った様子で穴蔵に戻ってきました。

「どうした?」

「霧が晴れてます!!このままだと、見つかるのも時間の問題ですっ」

 下っ端の言葉に、穴蔵の中でざわめきが反響します。

「黙れ!」

 もやし男が一喝しても、ざわめきは収まりません。

 ガタイのいいリーダー格の男は、苦虫をかみつぶしたような表情で言いました。

「まだ人質がいる、いざとなったらそれを盾にすればいい。…人質を担ぎ出せ」

「はっ!!」

 もやし男と下っ端たちは一斉に返事をして、いまだグッタリと目をつぶっているみずきとななを担ぎました。


~ω Side~

「待てっ!!」

 αは、桜の根元の大きな穴から蟻のようにぞろぞろと出てきた男たちを呼び止めました。

 男たちは「やはりきたか」とでも言いたげな表情で子供たちを睨みつけます。

「みずきとななはどこだ?」

「見てわかんないか?ここだよ」

 もやし男はニヤニヤと笑い、部下二人を指でさします。

 部下の男たちの腕には、力無く目を閉じているみずきとななが抱えられています。もちろん、それぞれに別の部下が銃口を向けて。

「さぁどーする?言っとくが、下手なマネをすればお仲間の頭に鉛が食い込む事になる」

 もやし男は強い口調でωたちを脅します。

 ルナが「むっかつく!!」と吐き捨てるように言いました。

「あいつら、最低だな!!」

「うん。…ρ、何とかできない?」

 ωは一縷の望みをかけてρを見ました。この4人の中で一番早く動けるのはρです。

 ρは力無く首を横に振りました。

「ダメだ。相手が多すぎる」

「…」

 もやし男は耳障りな声を出して高笑いしました。

「ヒャハハハ!!そうだよなぁ!?仲間を見殺しになんてできないよなぁ!?…お熱い友情だな」
 もやし男はωたちを挑発するかのように、自らの銃をななに押し当てました。


「―瞬間移動っ!!」


 よく聞き慣れた声が、聞き慣れた魔術の名を叫びました。

 ななとみずき、そして二人を抱えていた部下たちの銃までもがフッと消えます。

「―!!」

「何が“下手なマネをすれば~”よ!全然かっこよくないしっ!!」

 嘲笑を浮かべてそう言ったのはななです。彼女とみずきはいつの間にか、ωの隣に立っていました。

 ωたちは目を丸くして二人の方に顔を向けます。ななは可愛らしくウインクしました。

 もやし男はわなわなと唇を震わせます。

「お、お前たちっ!一体いつから!?」

「奴隷にして売りとばすとか話してる頃には、とっくに目が覚めてました。ねぇみずき?」

 みずきはポケットティッシュを取り出し、二丁の拳銃をしきりに拭っています。あの男たちに触られたのが相当嫌だったようです。

 怒りで顔を真っ赤にしているもやし男に、ななは駄目押しの一言を叩き込みました。

「やっぱり勝負はフェアじゃないとね。それとも、私たちが起きてたことにすら気づかないあなたたちに、集団で挑むのは少々不公平かしら?」

「―っ、嘗めるな!!」

 もやし男の激昂を合図に、下っ端の男たちが一斉に攻めてきました。

「火炎球っ!!」


「氷雪華っ!!」

 ルーシャとルナが同時に魔術を放ち、下っ端男たちの半分程を吹き飛ばします。

「あら、あなた強いのね。名前は?」

「あちきはルナ。お前の魔術もなかなかだ」

「ありがとう。私はなな、よろしくね」

 ななとルナが意気投合している間に、みずきは弾倉に弾を補充し終えました。

「…血、うんざりだけど、仕方ない」

 できるだけ殺さないよう足元を狙って、カリンの銃が火を噴きます。

 一分後。

 結局、女の子三人の力で下っ端全員が戦闘不能になりました。

「ちっ、腰抜けめ」

 小悪党極まりないセリフを吐き、もやし男はぶつぶつと何かを唱え始めます。

「…我は火を欲す、我は大地を欲す、我は攻を欲す、我は守を欲す…」

「―やべっ!!」

 本能的に危険を感じたαは、拳を固めてもやし男に突進しました。αの拳が風で覆われます。

「拳風っ」

「遅い!!“地”!!」

 もやし男が腕を水平に振った瞬間、

 αを囲むように地面が隆起し、塔のような高さの障壁となってαを閉じ込めました。

「なっ…」

「次いで、“攻”」

 次の瞬間、爆音とガッツの叫び声が響きわたりました。

「α!!」

 ななが急いで駆け寄ります。

 塔がサラサラと崩れると、そこにはαが苦悶の表情を浮かべて倒れていました。腕や顔に複数の火傷の跡があります。

「うぅ…」

「しっかりして!!“天使の梯子”!!」

 ななはαの手をとり、回復量も速度も最高ランクの治癒魔術をかけました。αの体全体を、白く明るい光が包み込みます。

「くそっ」

 舌打ちし、ρがもやし男に猛進します。鋭く尖らせた爪が鈍く光りました。

「“火”」

 しかし、ρの爪はもやし男には届きませんでした。もやし男が向けた指先から、炎が放射線状に広がります。

「―っ」
 ρは身を捻って何とか避けましたが、腕の毛がわずかに焦げてしまいました。もし直撃していたら、間違いなく全身に火傷を負っていたでしょう。

「えいっ!」

「…当たれ」

 ωは剣に溜め込んだ魔術を、みずきは銃弾をもやし男に放ちました。

「―“守”」

 その、最後の望みでもあった攻撃は、もやし男が魔術で張ったバリアに阻まれます。

「ハッ!?どうだ?俺の“四連魔術”は!」

 もやし男は目をカッと見開いて言いました。

 四連魔術…呪文を唱えるために時間を要するものの、四つの魔術を自由自在に操れるようになる上級魔術です。

「…」

 ωたちは呆然とその場に立ち尽くしました。

「声も出ねぇか!?“攻”!!」

 もやし男は容赦なく魔術を繰り出します。

 ωたちを狙って小規模爆発が次々に起こります。

「障壁っ!!」

 ななはαを守るために、魔術で障壁を張りました。他の4人もそれぞれ上手く爆発を避けます。

「“火”」

 もやし男を中心に、炎が波紋状に広がりました。4人はジャンプしてそれを避け、一斉にもやし男に攻撃を仕掛けます。

「“地”」

 足元の地面が隆起し、今度はもやし男が塔の中に閉じ込もります。

 ωとρはその塔を砕きました。

 塔は呆気なく崩れ落ちます。

 もやし男は嫌な笑みを浮かべ、崩れた塔の中心に立っていました。

「―“守”」

 もやし男を、球体のバリアが包みました。バリアは敵を拒絶するかのように、ωたちを勢いよく跳ね飛ばします。

 体重の軽い4人の身体は呆気なく宙に舞い、地面に音をたてて激突しました。

「痛っ…」

「―なすすべもないだろ?お前たちガキが、俺たち大人に敵うわけねぇんだ」

 もやし男は冷ややかな笑みを浮かべます。

 ルナは唇をギュッと噛むと、もやし男を睨みつけて立ち上がりました。

「何が大人だっ!!くだらないことをベラベラ喋って人を嘲笑うなんて、子供と一緒じゃないかっ!!」

「!!」

 ωは、ルナの言葉にはっとしました。