3丁目までの冒険 8(パート2)
―そういえば。
あいつは、魔術を同時には繰り出さない。そして、四連続で魔術を撃った後は、必ず何かを喋る。
挑発するためだと思っていた。けど、時間稼ぎのためにわざとそうしているのだとすれば―
ωはゆっくりと起き上がりました。
「…ω?」
「みずき、ちょっといいかな…みんなも聞いて」
4人はひそひそと何かを言い合います。
もやし男は目を鋭くしました。
「何ぶつぶつ言ってんだ!!“攻”!!」
もやし男が叫んだ瞬間、ルナはバッと手の平を空に向けました。
「散弾夜っ!!」
手の平からまっすぐ放たれた闇のオーラが天を貫き、雨のように降り注ぎます。闇の雨は次々と起こる小規模爆発を相殺しました。
ωはルナにこう言ったのです。
―ルナ、あいつが“攻”を使ってきたら、散弾夜で打ち消して。
ωの言葉を信じ、ルナは闇の力を使いました。それはかなりつらいことでした。自分が魔族だということをわざわざ明かすようなものですから。
ルナの“散弾夜”と同時に、残りの3人はもやし男に向かって全速力で走りました。
わずかばかり驚いたものの、もやし男はすぐに気を持ち直しました
「“火”」
炎の竜巻が蛇行しながらこちらに向かってきます。
「はあっ!!」
ωは渾身の力を込めて、炎を剣で縦に斬りました。炎はしゅるしゅると剣に吸い込まれていきます。
―“火”が来たら僕が止める。僕の剣で斬れば魔力として溜め込まれるはずだから。
ρ、みずきの二人は足を止めることなくもやし男にダッシュしつづけます。
「―っ、“地”!」
地面が天高く隆起し、行く手を阻む小山となります。
ρは山を一気に駆け登りました。
―“地”が来たら、ρ、なんとか乗り越えてあいつに攻撃して。
「なんとか、って…人任せだな」
ρは眉をしかめ、山を駆け降ります。
すっかり余裕をなくしたもやし男は叫びました。
「“守”!!」
もやし男を、再び球体バリアが覆います。しかし、
「おっと」
小山のふもとまで降りると、ρは足を止めました。
もやし男はぽかんと口を開けます。
「…え」
「今だ!」
ρは小山の向こうに叫びました。
「えい」
少し間抜けな声と同時に、山のふもとに大穴が空きました。
ωが先程溜めた火の魔術を小山に撃ったのです。
あの時、ωがρに言った言葉には続きがありました。
―でも、あいつは必ず“守”を使ってくる。そしたらρは思い切り叫んで。僕が剣に溜めた火の魔術で“地”を破壊する。あとは、みずき―
時間切れとなったバリアがサラサラと崩れて消えました。
小山の向こうには、銃口をまっすぐもやし男に向けたみずきがいます。
―銃で撃って!!
みずきは引き金を三回引きました。
「…死んでないよね?」
全てが終わった後、みずきは恐る恐るもやし男に近づきました。
もやし男は右肩と両膝から血を流し、白目を剥いて地面に頬をつけています。
「死んでない」
みずきはきっぱりと言い切りました。
「死ぬようなところは狙ってない」
「よかったー」
ωはふわりと微笑みました。あの作戦を考えた人とはとても考えられない、子供らしい笑顔です。
「ω!大丈夫か!?」
αとなながこちらに歩いてきました。ルーシャの魔術が効いたのでしょう、ガッツはすっかり元気です。
「α、もう平気なの?」
「おう!役に立てなくてごめんな」
「ううん、αのおかげだよ」
その言葉に、αは怪訝な表情を浮かべます。
「なんだ?慰めか?」
「違うよ…αが“地”で閉じ込められた時、あいつは“火”と“攻”を使えば、確実にガッツを倒せた。なのにそれをしなかった。だから思ったんだ、もしかしたらあいつは、魔術を連続で使えるけど同時には使えないんじゃないかって」
「…ω、お前頭いいんだな」
αは、この親友の凄さを改めて実感しました。そんな僅かな情報だけでここまで頭が回る十歳がどれほどいるでしょうか。
「あ、もちろん他にもヒントはあったよ?だから、これはみんなのおかげ」
ωはそう言って、一人一人の目を順繰りに見ました。
「みんなありがとう」
戦場特有のぴりぴりした空気が、一気にまろやかになりました。
その時、
「おい!」
野太い声が聞こえたので、ωは振り返りました。
ガタイのいいリーダー格らしき男が、いつの間にか離れたところに立ってこちらを睨んでいます。
「え~、まだいたの?」
ωはうんざりしました。正直、もう戦いたくありません。
「じゃあ、私がなんとかしてあげる」
何を思ったのかルななはニヤリと笑うと、呪文を唱え始めました。
「我は火を欲す、我は地を欲す、我は攻を欲す、我は守を欲す。…こんな感じかしら」
指をガタイのいい男に向けます。
「パクってごめんなさい!“攻”!」
ルーシャは楽しそうに言いました。すると、なぜか小規模爆発ではなく、大地を揺るがすような大爆発が起こりました。
ドーーーーン!!
空気が震え、もうもうと土煙が上がります。
「…あれ?」
「何やってんだ!?氷雪華!」
ルナは氷の粒で土煙を払いました。
ガタイのいい男は地面に伸びていました。
「…あ~、これ、コントロールが難しいのね。使うのは無理かぁ」
ななは唇を突き出しました。
(例え悪党だとしても、戦闘準備の整ってない相手を魔術の実験台にするなんて非道だ。そんなツッコミをしてあげる人はいませんでした。みんな疲れていたのです)
「なな、こいつら警察に送るぞ」
「できるの?」
「ちょっと離れてて」
ルナはみんなを自分から遠ざけると、足元に意識を集中しました。黒っぽい紫の影が、ルナを中心に円形に広がります。
影が倒れ伏している男たちまで到達すると、男たちはズブズブとその中に沈み込んでいきます。
まるでホラー映画のワンシーン、なんて一生懸命なルナには言えません。
やがて男たちは完全に影の中に入って見えなくなりました。
「ん、オッケーだ。近くの警察署に送っといたから、後はなんとかなるだろ」
「闇の力ってそんなこともできるのね」
ななは心の底から感嘆しました。
ルナはななを一瞥して、ふっと顔をそらします。
「…ななは、あちきが怖くないのか?あちきは人間じゃないし」
「平気よ。だって私たちを助けてくれたんだもん、そんなこと思うはずがないじゃない。ね、みずき?」
みずきはこくりと頷きます。
「…そんなこと言ったら、ρはどうなるの?」
「みずき、それ今日二回聞いた」
みずきに言われたのがショックだったのか、ρは肩としっぽを落としました。
ルナはけらけらと笑うと、
「お前たち、面白い奴らだな」
足元に再び闇を這わせました。
「久々に楽しめた。また会えたらいいな」
「うん」
ωは首を縦に振りました。
ルナの身体が、闇にすっと落ちて消えました。
………
「あっ!」
闇の穴から、ルナがもぐら叩きのもぐらのように飛び出します。
「花を摘まなきゃ」 ルナはテキパキと花を摘み取ると、今度こそ闇の穴に飛び込んで見えなくなりました。
闇の穴が掻き消えると、ななはプッと小さく吹き出しました。
「案外普通の子なのね、魔族の子でも」
「…みずき、あんまり話せなかった」
みずきは残念そうに、闇の穴が空いていた地面を見つめます。
男三人はしばらく黙ったままでしたが、堪えきれなくなったαがついに口を開きました。
「―なな、みずき」
二人はαの方に視線を向けます。ガッツの表情は、今までに見たことがないほど思い詰めたものでした。
「実は―」
ガッツはポツポツと説明しはじめました。