3丁目までの冒険 10
翌日。
ωたちはきちんと老夫婦にお礼をして、森へと向かいました。
3丁目をグルリと囲んでいるその森は、よく人が通るのか綺麗に掃除されています。しかし、ごつごつした木の根っこが地面を這っているので、歩きづらいのは変わりありません。
「いてっ!!」
森に入って数分後、早速αが木の根に躓いて転んでしまいました。
ωは「大丈夫~?」と呑気に尋ね、αの手を取って助け起こします。
「ω、もうちょっと慌ててほしい」
「そんな事が言えるならたいしたことないよ」
「治癒するまでもないね」
ななはポンポンとαの頭を優しく叩きます。
「…くっそ~。ルナのやつ、会ったら文句言ってやる」
αは少しむくれてしまいます。
「別に、お前がすっころんだのはルナのせいじゃないだろ」
「…八つ当たり」
ρとみずきはいつもの調子で言いました。
五人は普段と変わらないように見えます。
実際、何も変わらないのかもしれません。
彼らはただ、ルナに会いに行くだけなのですから。
それでも、本来の目的は『魔族を倒す』こと。万が一の場合は戦わなくてはいけません。
もちろん、そうならない事を願ってはいたのです。
しかし―
「…ん?」
ρは鼻をピクッと動かしました。
「どうしたの?」
ωがρに視線をやると、ρは鼻の下を指で擦りました。
「…獣臭い」
「自分の体臭じゃねーの?」
「…」
ρはαに肘鉄を食らわせて、臭いの方向に体を向けました。
「こっちだ」
確信を持った声 。
ρは人一倍鼻が利くのです。
五人がしばらくρを先頭に歩いていると、やがて木々の隙間に何かが見えてきました。
全てを飲み込む大きな口のような、暗く深い洞窟です。
「あそこに…ルナが?」
ななは目を凝らしましたが、人影はおろか動物の影も見えません。
「少なくとも、誰かが絶対いる」
ρは力強く頷きます。
「あの洞窟、一見真っ暗だがよく見ると魔術で明かりを点している。洞窟の住民って考えていいと思う」
「…お前、視力どんくらい?」
「測定不可。2.0はゆうに越えてるって言われたがな」
ρ以外のみんなは、ア然として言葉も出ません。
「さすが、お」
「うるさい!行くぞ!!」
αが何か言う前に先手を打って、ρは洞窟に向かって一歩踏み出しました。
「…狼って、目悪くなかったっけ~?」
ωたちは洞窟にたどり着くまでの間、その話題で盛り上がったのでした。
一方、その頃。
ルナは洞窟の中でも一番広い空間にぽつんと座って、一人鼻歌を奏でていました。
「…ん」
ふと、ルナは鼻歌を止め、辺りをグルリと見回します。
「ωたちかな…来てくれたのか」
紫の目に、喜びの感情が浮かびます。
ルナは立ち上がりました。
そして、再び鼻歌を奏でながら、ωたちを迎えに行こうと歩きだしました。
洞窟は断崖絶壁の下にありました。
ρの言った通り、中にはピンポン玉くらいの光の玉がいくつも浮いています。そのおかげで洞窟内は明るく、五人は安心して進む事ができました。
「ねー、ρ」
「ん?」
「まだ獣臭い?」
ωの問いに、ρは頷きました。
「なんか、ますます酷くなってきているような、」
「ねぇっ!!」
ρの話をななが遮ります。
「あそこ明るくない?」
ななが指差す先を見ると、右側の岩壁に大穴が空いていました。部屋でしょうか、確かに光が集まっています。
「ルナの部屋かも」
「行こう!」
αとななは走り出しました。
「…待て!」
ファクトが制止するのも二人は聞き入れません。
二人は穴の中に飛び込みました。
「……」
ななはあまりの事に言葉を失いました。
「は、はは…なんだこれ」
αは引き攣った笑みを浮かべます。
穴の中は、鉄格子で半分に分断されていました。
―格子の向こうには、いなくなった森の動物たちが、ぎっちりと閉じ込められていました。
「…やっぱりな…」
ρは舌打ちすると、ななを押しのけて鉄格子に近づきました。隙間から手を差し入れ、一匹の白ウサギに触れます。
ウサギは抵抗することもなく、大人しくファクトの手に身を任せていました。
濁った目で、ファクトを見上げています。
「…体に異常はない。目立った傷もないし、肉付きもいい」
けど、とρは続けます。
「外に出ないことで大分ストレスが溜まっている。多分、他の動物たちも」
ωたちは鉄格子の奥に目を向けました。
充分な餌を与えられているからでしょうか。動物たちは互いを喰らうことはないようです。
山猫の周りをネズミがちょろちょろと走っていますが、山猫は見向きもしません。疲れた表情で床に伏せるだけです。
空が恋しいのでしょうか。一匹の小猿が岩壁を引っ掻いています。
「…どうして?」
みずきは悲しそうに鉄格子の奥を見つめます。
誰も、カリンの言葉に答えてあげられる人はいませんでした。
「―みんな」
五人はゆっくりと、この場にそぐわない嬉しそうな声のほうを振り返りました。
「やっぱり来てくれたのか!!」
ルナは頬を紅潮させ、瞳を輝かせます。
αはプルプルと肩を震わせ、ルナを睨みつけました。
「…?どうしたα、怖い顔して」
ルナは不安げな表情で尋ねます。
「…ルナ、お前は!」
αは怒りに任せて、今まで出したこともないような怒鳴り声をあげました。
「α!」
ωはαを左手で制します。
「なっ、α!?」
「ルナ」
狼狽するルナを、ωはまっすぐ見据えます。
「この動物たちを、解放してあげて」
「…え?」
ルナは潤んだ目をシークに向けます。
「なんで?」
「なんでって…こんなの囚人と一緒じゃん!どうしてこんなことするの?」
ωは語調を荒げました。
「餌ならちゃんとやってる。一緒に遊んでもいる。何が不満なんだ」
ルナは平然と答えます。
ρはルナに数歩近づくと、咎めるような目を向けました。
「お前にはわからないのか」
ルナの肩がピクッと跳ねます。
「…この子たち、外に出たがってる」
みずきの言葉に、ルナは俯いてしまいます。
「…ルナ」
ずっと押し黙っていたななが、おもむろに口を開きました。
「あなたにはわかっているはず。なのになんでこんなことするの?」
「…うるさい!!」
ルナは突然叫びました。
ルナの足元から、円形に闇のオーラが広がります。
「ルナ!?」
「お前らなんか、なんにも知らないくせに!!」
闇は瞬く間にωたちの影を飲み込みます。
避けることはできませんでした。
五人はズルズルと闇の中に引き込まれていきました。