3丁目までの冒険 6

 列車を降りたωたちは、ρの鼻を頼りに男たちを追っていました。
 辺りは開けた草原で、家らしきものは一つもありません。短い葉が風でそよぎ、日光を受けてつやつやと光ります。

「…あ」

 走りながら、ωは遥か前方を指差しました。遠くに見える地平線が、カラフルに彩られているのです。
 地平線に近づくにつれて、その色の正体がわかってきました。緑一色の草原が、その部分を境に美しい花園になっているのです。

「…まさか、あんなメルヘンな所に逃げ込んだのか?」

 草原と花園の境に立ち止まり、ρは訝しげに色とりどりの花を眺め回しました。
 花園には無惨にも踏み荒らされた後がありました。男たちかどうかはともかく、ここに複数の人間が入ったのは間違いないようです。

「なーにぐだぐだしてんだρっ、早く行くぞ!」
 考え込むρの腕をαが引っ張ります。

「早く行こうよ」

 いつものんびりしているωさえも急かすので、ρは少し意外に思いました。

 ふうっ、とρはため息をつきます。

「何があるかわからない。気をつけろ」

「おうっ!」

 αは威勢よく答え、鉢巻きをぎゅっと締め直しました。

 三人は揃って花園に一歩踏み出します。

 途端に、塵一つない澄んだ空気が一転し、深い霧がもうもうと立ち込めました。

「な、なんだコレ?」
「ちっ、鼻がきかない…」

 αは霧の中でキョロキョロと目を動かし、ρは舌打ちします。

 ωは背中に手を伸ばし、剣があるのを確認すると歩き出しました。


 一方その頃。

 みずきとななを抱えて、男たちは穴蔵のような場所に隠れていました。

「あの天使男は追ってきてないだろうな」

 少女二人を地面に寝かせ、ガタイのいい男はもやし男に問いただします。

「問題はありません。“七色の世界”団長が怪我人を見捨てるなんてことはないでしょう」
 余裕タップリに答え、男は上空を仰ぎます。穴蔵全体をぐるりと囲んだ円形の壁は天まで伸び、まるで大きな筒の中にいるようです。

「まぁ強いて言うなら、ガキ共が追ってきているかも知れませんがね。見たところ魔術師らしき奴はいなかったので大丈夫でしょう」

「まぁな。魔力のない奴らが、あの花園を抜けられるはずがないな」

 もやし男の言葉に安心し、ガタイのいい男は頷きました。ふと、足元に転がっているみずきとななを一瞥します。

「こいつらはどうする?」

「そうですねぇ。殺しますか?」

 ガタイのいい男は首を横に振ると、嫌らしい笑みを浮かべました。

「そんなもったいないことはしない。二人とも若い女だ、奴隷として売れば高いだろうからな」

 そんな言葉にも、ななとみずきは身動き一つしませんでした。


「―α?」

 霧の中で、ωは足を止めました。

「ρ?…どこ行ったの?」

 ωは手を伸ばしましたが、霧でしっとりと濡れるばかりでした。いつのまにかはぐれてしまったようです。

「…え、どうしよー…」

 ωは急に不安感に襲われました。先程まではαとρがいたから平気だったものの、ωはまだ十歳の少年です。霧の中に取り残されて、おろおろしてしまうのも仕方ないでしょう。

 進むのも怖くなり、ωはその場に立ち尽くしてしまいました。ふっと地面に目を落とします。足元には色とりどりの花が咲き乱れ、競うように花びらを開いています。

 その美しさにほんの少し安らいだωは、歩きだそうと顔をあげました。

「―あ」

 ωは目を見開きました。霧に紛れてよくわかりませんが、遠くに人影らしき物が見えたのです。

 ωは急いで人影に向かって走りました。

 人影はどうやらこっちに向かって歩いてくるようです。やや小さめの姿が、徐々にはっきりと視認できるようになりました。

「―ねえっ」

 人影から3mくらいの距離まで近づくと、ωは力いっぱい人影を呼び止めました。

 人影はゆっくりと顔をあげます。

「…なんだ?」
 ―意外にも、その子は女の子でした。

 歳はシークと同じくらいでしょうか。背中まで伸びた紫の髪と、紫の少しつり気味の目。気が強そうな子、というのがωの彼女に抱いた第一印象でした。

「あの、αとρ見なかった?」

「…誰だそれ?」

女の子が眉間にシワを寄せました。

「あ、そっか…鉢巻き巻いた子と、狼の耳が生えた子なんだけど」

「見なかったな。知り合いか?」

 どうやら、女の子は二人を見なかったようです。ωはしょぼんと肩を落としました。

「うん…霧で見失っちゃって…」

「霧?お前たちの中に魔力のある奴はいないのか?」

「…魔力?」
 シークが首を傾げると、女の子は目を剥いて怒鳴りました。

「なっ…馬鹿かお前は!!この霧には幻覚作用があって人を惑わすんだ、魔力も持たない人間が通れるとこではないだろう!!」

「そうなの?初耳ー」
 心底驚いた顔のωに、女の子は返す言葉もありません。呆れてため息をつき、頭を横に振りました。

 ―その時でした。

 ガサガサガサ

 やや遠くの花の群れが不気味に揺れました。

「―え?」

「ちっ、起きてしまったか」

 女の子は揺れる部分を睨みつけながら説明してくれました。

 この霧には幻覚作用とともに、わずかな魔力も含まれていること。

 その魔力を浴びて育った花は、稀に凶悪なモンスターになってしまうこと。

 普段は花に紛れて眠っているが、何かがきっかけで目覚めると、天に届きそうな程巨大化して暴走すること。

 説明を全て聞いたωは、いよいよ盛んに揺れはじめた花の群れを眺めて言いました。

「―え~っとつまり、君の大声のせいでモンスターが起きちゃったってこと?」

「まあそうかもな」

 女の子はしれっと肯定します。

「―来るぞ!!」

 女の子が低く構えた瞬間、本当に天に届きそうなほど巨大化したハエトリ草がガサッと現れました。

「うわ~…でかっ」

「のんきに言ってる場合かっ!!」

 巨大ハエトリ草は何本も生えた緑の触手を鞭のように振るって攻撃してきました。間一髪、女の子とωは飛びのいてそれをかわします。

「火炎球っ」

 両手を前に突き出し、女の子は赤い大砲を撃ちだしました。

 火の球はハエトリ草の顔に直撃し、派手な音をたてて爆発します。

 ハエトリ草は触手で顔をポリポリと掻くと、さらに勢いよく触手を振り回しました。

「―ちっ、効かないかっ」

 触手を素早くかわしながら、女の子は舌打ちします。戦闘に慣れた身のこなしです。しかし、数度目の攻撃を低くしゃがんで避けた瞬間、足首が花の群れに絡まってしまいました。

「!!しまっ―」

 勝機を逃すまいと、ハエトリ草は触手をぐっと振り上げます。

 女の子は腕で顔をかばい、ぎゅっと目をつぶりました。

 しかし、触手はいつまでたっても振り降ろされません。

「…」

 女の子はそっと目を開きました。ハエトリ草は襲い掛かるどころか、奇声をあげて身をよじらせています。触手が一本、半分にすっぱりと切れていました。

「大丈夫?」

 女の子を守るように立ち、剣を構えるω。

「魔術、止めないで。当たらなくてもいいから」

「…あ、ああ」

 ぽかんと口を開けている女の子に微笑むと、ωはハエトリ草に向かっていきました。


 ハエトリ草は口をパクパクさせながら、ωに向かって触手を振り回します。

 ハッと我に返った女の子は、再び両手を前に突き出しました。

「氷雪華っ」

 触手の表面に氷の粒が付着し、その動きを封じます。しかし怒り狂ったハエトリ草は粒を払い、ωに向かって触手を突き出します。ωは触手を剣で受け止め、薙ぎ払います。

 そうやって一進一退の攻防を繰り返すうちに、女の子は気が遠くなるのを感じました。

 火の魔術も、氷の魔術も効かない。

 あらゆる属性の魔術も試した。

 しかし、ハエトリ草にはほとんど効いていないのです。これ以上どうしろと言うのでしょう。


 しかし、ωはにっこりと笑っているのです。まるで勝利を確信しているように。

「よし。ねえっ、少しだけアレの動きを止めて!!」

 女の子は頷きました。

 ωが指さすハエトリ草に、両手を突き出します。

「光鎖こうさ」

 白く光る鎖がハエトリ草を捕らえ、一瞬だけハエトリ草の動きが止まります。

 ωはハエトリ草に突進して、剣の刃をハエトリ草に突き立てました。もちろん、それだけではハエトリ草は倒せません。しかし、

「…さすがに、中に魔術を喰らったら痛いでしょ?」

 シークの剣が、真っ白に光りました。ハエトリ草の体内に、女の子が連射した魔術が一気に流し込まれます。

 ハエトリ草の体は、木っ端みじんに吹き飛びました。

「ごめんね」

 剣を鞘にしまい、ωは両手を合わせて祈ります。

 女の子は訝しげにωを見つめました。

「…魔術は使えないんじゃなかったのか」

「魔力はないけど魔術は使えるよ」

 言わなかったっけ?―首を傾げるωに、女の子は不思議と愉快な気分になりました。自然と笑いが込み上げてきます。

「フフフ、そうか。お前、面白いやつだな」

「そう?」

「ああ。…名前は?」

「ω」

「あちきはルナだ。助けてくれてありがとな」

 シークとルナはぎゅっと握手しました。

「おおーいっ」

「あ」
 ωは声の方に顔を向けました。思った通り、αとρがこちらに走ってきます。

「よくここがわかったね」

「でかい影が見えたからな」

 ρは答え、ωの隣にいる少女を一瞥します。

「で、こいつは?」

「こいつはないだろっ!あちきにはルナって名前があるんだ」

「ああ、悪い。俺はρ」

「αだ!よろしくな!!」

 ρを押しのけ、αは天真爛漫な笑みをルナに向けます。

「α、邪魔だ。俺が聞きたいのは、どうしてこんな所に一人でいるのかってことだ」

「あちきは花を摘みにきただけだよ」

 意外と女の子らしい趣味を持っているようです。

「お前たちこそ、なんでこんなとこにいるんだ?」

「…“こいつ”はダメなくせに、“お前”はいいのか?」

 ρとルナの間に見えない火花が散りました。相性はあまりよくないようです。

 ωはρに代わって答えました。

「仲間がさらわれたんだ」

「え?」

 ωはルナに今までのことを全て説明しました。

「…そうか」

 ルナは顎に手を当て、何かを思案するそぶりを見せると、きゅっと口を結んでωを見据えました。

「ω、あちきも手伝うよ」

「え?」

「一緒に戦ってくれたお礼がしたいからな」
 ωの表情が、ぱあっと明るくなりました。

「ありがとう!!」

「それは仲間を助けてから言え。―さて、まずは霧をどうにかしなくてはな」

 ルナは辺りをぐるりと見回しました。少し薄くはなったものの、霧は依然として視界を遮るほどの深さです。

 

 

 

3丁目までの冒険 5

「こ、このコスプレ男が、ωの父さん!?」

 αは座席から立ち上がり、天使コスプレの美青年を指差しました。

「うん」

「マジで…?な、なんで天使コス…」

 αは、生まれて初めて『開いた口が塞がらない』気分を味わいました。もちろん、他の人たちもそうです。

 しかし程なくして、ななは何かに気づいたように小さく声をあげました。

「ま、まさか」

「うん、ななちゃんは気づいたね。さすが魔術師だ」

 天使男…ω父は嬉しそうに口元を緩めると、ななたちの後ろの座席に腰を降ろしました。

「え、魔術師ってコスプレイヤーなんっすか」

「違う違う」
 αの妙な物を見る目に、ω父は苦笑しつつ首を横に振りました。

「僕は国家のお抱え魔術師でね。“七色の世界”っていう魔術師団の団長なんだ」

「ええっ!?」

 αは大きく後ろにのけ反りました。

“七色の世界”といえば、拳士であるαでさえ知っている魔術師団体の最高峰。全世界の魔術師が入団を望み、どんなに下っ端の団員でも山一つは動かせるといいます。

 そして、“七色の世界”団長ーー疑いようもなく、世界最強の魔術師ーーその人物の魔術は、火炎系魔術は火山の噴火のようで、氷結系魔術は吹き荒れるブリザードのようで、移動系魔術は瞬きする間もない程の素早さで…以下割愛。

 とにかく、恐るべき超人なのです。

「“七色の世界”の団長は、仕事中に制服を着なくちゃいけないんだ。それがこの服って訳」

 ω父は服の袖をつまむと、ゆらゆらと揺らしました。

 αの頬は紅潮し、瞳は尊敬の念でキラキラと輝きます。

「すっ、すげーっ!!ωにそんな父親がいるなんて知らなかった!!」

「昔はよく一緒に遊んだんだけどね。まぁみんな小さかったから覚えてないか」

「こんな有名人が近くに…きゃーっ!!おまけに美青年だしっ!!」

 興奮のあまり、ななはよだれを垂らしました。

「萌えるわ…」
 低く呟いた声は、みずきにだけ聞こえましたがみずきは何も言いませんでした。(見境ないなぁとは思いましたが)

「そういえばお父さん、どうしてここにいるの?」

 ななの興奮が治まるのを待って、ωは父に尋ねました。

 ω父は少し真剣味を帯びた表情で答えます。

「…実はね、父さんは今、大変な仕事を抱えているんだ」

「大変?」

 世界レベルの魔術師をして、大変と言わしめる程の仕事とはどんなものなのでしょう。

「ある人物を追っている。それ以上は話せないけど、父さんでも成功させるのが難しい仕事なのは間違いない。…さっき、父さんと一緒に列車に乗った人たちがいただろう?あの人たちもその仕事に関わっている魔術師だ」

 ωはぐるりと車内を見渡しました。しかし乗客の顔を覚えているはずもないので、どれがお父さんの仲間たちなのかわかりません。お父さんの言うことが正しいのなら、この列車にはかなりの“七色の世界”団員がいることになります。

「正直てこずっていてね、苦戦しているんだ。だから、当分家には帰れそうもないよ」

「そっか~」

 ωはうーんと何かを考えこんだ後、嬉しそうな笑みを花開かせました。

「じゃあ、今会えてよかったね」
 ずっきゅーん

 ハートを撃ち抜かれる音がしました。

「あ~っ、ωはやっぱり可愛いなぁ~っ。遠慮なく父の胸に飛び込んでいいぞ」

「え~やだキモい」

 父の広げられた両腕の間に飛び込む事もなく、ωはゆるいながらも毒のある言葉で拒絶します。

「ああ、嫌がるωも可愛いなぁ」

 しかし父はωにメロメロなので全く動じません。目はとろんとしていて、マンガに描くなら絶対ハート型です。

 ちなみに、ななはみずきからティッシュを受け取ると鼻血を拭き取り、慣れた手つきでティッシュを鼻の穴に詰めました。親子とはいえ、美青年と可愛らしい少年のつがいは充分にななの妄想を掻き立てたようです。

 ~3分後~

「しかし、ρ君の耳は可愛いなぁ」

「触っ…ないで、ください…」

「お父さん、ρが慣れない敬語使って嫌がってるよ」

「ん?ああ大丈夫だよω。ωの方が可愛いに決まってるからね」

「ふ~ん」

「なぁっ、ωの父ちゃんっ!!そういえば名前なんて言うんっすか?」

「僕の名前?フランク・ジョージア・エリザベス二世だよ」

「カッコイイっ!!」

「…ωの父さんなのに苗字エリザベスっておかしくないか?」

「お父さん、嘘はよくないよ~。ホントはゴンザレスのくせに」
「マジで!?」

 こんな感じで、男の子withω父の会話は弾んでいました。

「全く、男ってどうしてみんな馬鹿騒ぎが好きなのかしら」

 ななは呆れたようにそう呟くものの、鼻にティッシュを詰めた姿では様になっていません。

 ティッシュを鼻から抜き、それをきれいなティッシュに包んでななは立ち上がりました。

「どこ行くの」

「ゴミ捨てに行くついでにトイレ。みずきも行く?」

「行く」

 みずきは頷きました。


 トイレの中は割と広く、綺麗に掃除されていました。

「おまたせ」

「ん。行こ」


 清潔な洗面台で手を洗い、二人はトイレを出ようとしました。しかし二人はそろって足を止めました。

 通路に繋がる唯一の入口は、決して人相がいいとは言い難い男たちによって塞がれていたのです。

「お嬢ちゃんたち、“七色の世界”団長の知り合い?」

 ガラの悪そうな男たちのリーダーらしき大男が、ガラガラの猫撫で声で問いました。

「……知らない」

 みずきはそっけなく答え、男たちの脇をすり抜けようとします。

「おおっと」

 みずきの前に、紫のローブを身につけたひょろ長い男が立ちはだかりました。

「ワリイな、通してやれねぇよ…しばらく眠ってな」
 男が短くなにかを唱えると、みずきの体からふっと力が抜けました。前方に倒れるみずきを抱き留め、男は嫌らしい笑みを広げます。

「へっ」

「みずきっ!!」

 ななは駆け寄ろうとしましたが、あのリーダー格らしい男に後ろから羽交い締めにされてそれができません。

「な~に、怖くはない。すこーし、俺たちの旅に付き合ってもらうだけだよ」

 ひょろ長い男が再びなにかを唱えると、ななの視界にゆっくりと闇が下りてきました。

 なんとか意識を保とうと唇を噛み締めてみても、だんだんと思考は闇に溶けていきます。

「おやすみ、お嬢ちゃん」

 胃のむかつくような男の笑みを最後に、ななの視界は閉じてしまいました。


「…ん?」

 疲れて垂れたρの耳が、ぴくっと動きました。

「今、ななの声が聞こえなかったか?」

「そうか?」

 αは耳をすましますが、列車が走る音が聞こえるばかりです。

「なんも聞こえないぜ?気のせいじゃねぇの」

「…そうか」

 頷きながらも、ρは眉をひそめました。

「…嫌な予感がする」

 その時です。
 腹に響く銃声が一発、列車内に轟きました。

「動くな!!」

 一気に緊張した空気の中、現れたのはいかにも悪そうな男たち。

「…予感的中だね」

 ωはρをちらりと一瞥しました。さすがρ、動物の勘が正しいと証明してみせました。

「“七色の世界”団長はどこだ?」

 男たちのリーダー格なのでしょうか、ガタイのいい男が一歩前に進み出ます。

 ω父は、すっと立ち上がりました。

「ここだよ」

「そこのガキたちとの話は聞いていた。俺たちを追っているらしいなぁ?」

 挑発するような目を向け、ガタイのいい男は銃を構えます。

 シーク父は目を点にした後、何を思ったのかぷっと吹き出しました。

「―はははっ」

「何がおかしい!?」

「残念だね、僕の仕事は君たちを捕まえることじゃない。もっと大きな獲物だ」
 君たちのことなんか知らないよ―大笑いするω父に、男のプライドはズタズタに引き裂かれました。

「なめんじゃねぇ!!」

 銃口をω父に向けて、発砲します。

 ω父は笑みを崩さぬまま、口の中で呟きました。

「透空障壁」

 分厚い透明の壁が現れ、男の放った弾丸を壁の中に吸収します。

「―なっ、超高等魔術を一瞬で…」

「だてに団長やってないよ。さて、わざわざ火に飛び込んできた夏の虫さん、準備はいい?」

 ω父が魔術を解くと、数人の乗客が立ち上がりました。“七色の世界”団員です。

 しかし、男は鼻で笑うと、仲間の一人を顎で呼びつけました。
 身長が高くガリガリでもやしのようなその男は、部下らしき人を二人連れてω父の前に進み出ました。

 二人の部下の腕にそれぞれ抱えられていたのは、気を失ったみずきとななでした。

「―!?」

「そういうことだ」

 もやし男はにやつくと、低く呪文を唱えました。

「風来斬」

 見えない風の刃がいくつも発生し、乗客たちを一瞬で切り裂きました。魔術自体は初級ですが、狭い列車内での効果は抜群です。

「次いで、操糸あやつりいと」

 もやし男の言葉と同時に、列車が急停車しました。

「じゃあな。一つ言っておくが、追ってきたら…わかってるよな?」
 みずきの頭に銃口を当てて、ガタイのいい男はω父を睨みつけました。ω父は唇を噛み締めます。

 男たちは乗客の血にまみれた扉を開けると、走り去りました。

(…思い出した)

 ω父は座席をガンと殴りました。

(あいつらは“赤の鉄槌”、強盗殺人集団だ…っ)

「お父さんっ」

 ωの声に、ω父は我に返りました。

 車内を振り返ると、傷を負った乗客たち―幸い死人は出なかったようですが、中には失神している人もいます。

「ω…怪我は?」
「僕たちは大丈夫」

 ωは頷きました。

 αは勢いよく立ち上がると、拳をぎゅっと固めました。目は怒りで燃えています。

「―許せねぇ」

「珍しく意見が合ったな」

 ρは平静を装って答えますが、いつもより低い声は怒気を充分に含んでいます。

「…うん」

 ―ωは強く頷くと、ふーっと息を吐きました。ω父はその仕草を数年振りに見ました。それは、ωが本気で怒った時の癖なのです。

「…行こ」

「待てっ!!」

 ω父は慌てて呼び止めました。

「奴らは強盗殺人集団だ、危険すぎる!!」

「でも、乗客の怪我を治せるのはお父さんたちしかいないでしょ?」

 ωは微笑みました。その表情にいつもの柔らかさはありませんでした。

「だから、僕たちが行く」
 強い意志。

 ω父は説得を諦めると、短く呪文を唱えました。ω、α、ρの肩に小さな白い光球がくっつきます。

「―神球。これで君たちの攻撃力、防御力は一気に上がるはずだ」

 ω父は息子の目をじっと見ました。息子の目には、揺らぐことのない光がありました。

 それを確認し、ω父は言いました。

「父さんにできるのはこのくらいだ。…気をつけて」

「うん」

 三人は開いた扉から飛び出しました。

 

 

 

 

 

3丁目までの冒険 4

 翌朝、早々に買い物を済ませたωたちは、既に駅に到着して鉄道列車を待っていました。

「…」

 駅のトイレから出てきた二人は、そのトイレの入り口付近に置かれている蓋つき木箱を発見しました。宝箱のようにしっかりとした造りのさほど大きくはないそれを、二人はじっと見下ろしました。

「ねぇ、α」

「ん?」

「こういう箱ってさ、開けると薬草とかお金とか聖剣とか入ってるよね」

「だよな、俺もそう思う」

 二人とも、RPGのしすぎです。

「開けるか」

「最低でも薬草は欲しいね」

 二人は期待に胸を膨らませ、木箱の蓋に手をかけました。しかし蓋はびくともしません。

「あれ~?」
「っかしーなー」

 二人は箱を押したり引いたり、あらゆる手を使って蓋を開こうとしました。しかし、蓋はびくともしません。

『…あ、わかった』

 しばらく後、二人は同時にポンと手を叩くと、ωは剣を、αは拳を構えました。

『壊すタイプなのか』

「違う!!」

 見事なシンクロを見せたωとαでしたが、ρの一閃によってそれは終わりました。一閃とは俗にいう、ツッコミ(叩)です。

「いてっ!何すんだよρっ」

「馬鹿かおまえらはっ!」

「え~っ、だってゼ○ダの伝説では壺とか壊してたよ」

「ここは○ルダの伝説の中じゃないだろ」『ゼル○以外でも、冒険物では箱の中は覗くんだっ』

 再び綺麗にハモった二人に、ρはもう一度ツッコミ(叩)をお見舞いしてあげました。

 叩かれた頭を二人が押さえていると、中年のオジサンが慌てた様子でこちらに駆けてきます。

「え~っと、箱はどこだ?箱…あ、あった!!」

 ωたちの足元にしゃがみ込み、木箱を大事そうに抱えると、

「これ僕のなんです!でわっ」

 ペこりと頭を下げ、到着したSL風の列車に乗り込みました。

 …列車?

「早くーっ」

「やべっ、急げ!!」


 急かすななに手を振って、ρとαは慌てて(ωだけはのんびりと)列車に乗り込みました。

 余談ですが、木箱の中身はアイドル雑誌の束でした。箱を開けたオジサンは座席にアイドル雑誌を積み、鼻歌を奏でながら読み耽っていました。

 

「あと30分もすれば、やっと3丁目に着くわね」

 自分の手札を眺め、どれを捨てようか考えながらななは言いました。

「やーっと着くのか~っ。…あ、それパス」

 ななと向かい合わせに座っているαは、たった1日の旅の間に起こった出来事を思い返しました。…うん、K-1は面白かった。(回想終了)

「ようやく本来の目的に近づいたな」

 ななが出したダイヤのJの上にハートのAを重ね、ρはほうっとため息をつきました。


「このままうまく行けばいいね~。はい、ジョーカー」

「うっ」

 柔らかい笑顔を浮かべつつ、ωはおどけたピエロのカードを出しました。ρの頬が明らかに引きつります。

「ちっ、やっぱりωがジョーカーを持ってたか」

「えへへ」

「…みんな、もう少しだよ。がんばろ」

 ぽつぽつと激励の言葉をこぼし、ななの隣に座るみずきは最後のカードを出しました。スペードの3。ジョーカーにだけ勝てるカードです。

「おしまい」

「みずき強いね」

 ωは少し残念そうに唇を尖らせました。子供らしい表情。

(よかった)

 その様子にななはほっとしました。(元気あるじゃない)

 微笑みを浮かべて窓の外をふと見ると、景色が流れるスピードが少しずつ遅くなっていくのがわかりました。

 どうやら駅に停まるようですが、目指す3丁目はまだ先です。

 思ったとおり、列車はやがて駅に停車しました。扉が開くと同時に、数人のまとまった乗客が入ってきます。

 その先頭に立っている人物に、ななは目を丸くしました。

(…天使?天使なの??)

 見た目は、まだ二十代そこそこの若い男性です。うなじまで伸びた茶髪と白い肌が中性的な美しさを醸しだしていますが、ななはその美を天使に例えたのではありません。

 彼は文字通り、天使の服を来ていました。
 白いゆったりとした衣はくるぶし辺りまで届き、背中にはやや小さめながらも精巧な造りの真っ白な羽が生えています。頭にはちゃんと金色の輪もはめられています。

 まさに、天使。

 彼の容貌に似合っているのが唯一の救いでした。一歩間違えれば変態コスプレヲタでしょう。

 しかし、それだけではありませんでした。驚くのはまだ早かったのです。

 今やななだけでなく乗客全員の注目を集めるその男に、ωはゆらゆらと手を振りました。

「お父さんだ~」

 …えええええ!!?

「あ!!ω~!!」

 天使男はωを見つけると満面の笑みで腕を左右にぶんぶんと振り返しました。

 

 

 

 

 

3丁目までの冒険 3

「やっと着いたーっ!」

 1丁目に着くと、αは歓喜の声をあげました。

 もう夜なので人は少ないだろうとωは考えていましたが、実際は所狭しと屋台が並べられ、夜ならではの賑わいを見せています。

「宿ーっ!」

 αは仔犬のようにせわしなく走り回り、宿を探し始めました。しかし、よくよく考えて見てください。

 屋台に宿があるわけないでしょーが。

「宿、あの先」

 αが暴走して行方不明になる前に、道路の先を指差したのはみずきでした。

「ん?カリン道わかるのか?」

「前に泊まったことある。でも、高い」

 この場合の『高い』は、値段でしょう。そのくらいはわからないと、カリンと会話は出来ません。

「大丈夫!」

 みずきの心配を、ななは胸を叩いて吹き飛ばしました。

「じ・つ・は!イノシシの牙を拾っておきました!」

 ななはその場にしゃがみ込み、膨れたリュックサックから手の平サイズに切り分けた白い象牙のような物をたくさん出しました。

 強か者のなな、取ったのは鳥人の羽毛だけではなかったのです。

「…なな、お前戦闘中に何やってんだ?」

 ρの責めるような視線なんてまるっきり無視して、ななはイノシシの牙を近くの屋台に売り付けました。この国ではイノシシの牙は高く売れます。魔物ならなおさらです。

「ほら、金貨!」

 ななは金貨がぎっちり詰まった小袋を自慢げに振りました。これなら宿代どころか、これから必要な品をいろいろと買い揃えてもお釣りがくるでしょう。

 自分と同い年で既に世渡り上手な友人を眺め、自分も見習わなきゃな~とωは考えました。


 宿に着くと、αはすぐさま食堂に向かいました。食堂には念願のテレビがついていました。

「よっしゃ!いけーっ」

 食事もそこそこに終え、αはテレビの中の格闘家たちに白熱しました。食堂にはωたちしかいないので迷惑がる人もいません。
 しかし、さすがに熱いファイトが2時間も続くと、α以外は飽きてきました。

「α、先に戻るよ」

「おー」

 αはちらりとωたちに目をやると、再び格闘家たちを応援しはじめました。


「わーい♪」

 部屋に入ると、ななは大の字になってベッドに飛び込みました。お金を節約するために、部屋は一つしか借りていません。部屋にはダブルベッドが二つあります。

「あ、私とみずきはこっちに寝るから、男3人はそっちのベッドで寝てね~」

 枕を抱いて、ななは笑みを浮かべます。よからぬことを企んでいるに違いありません。ρは、ななが売店でカメラを買っているのを目撃していました。
 そうρが言うと、ななは笑みをさらに広げました。

「じゃあρ、みずきと寝る?」

「―っ!」

 ρは顔を真っ赤にしました。この時点で、照れ屋な狼さんの負けは決まったのです。

「…みずき、どっちでもいい」

 いま一つ意味がわかっていないみずきは首を傾げましたが、ρはブンブンとちぎれんばかりに頭を振って、もう一方のベッドに倒れ込みました。

「さて」

 ρとのミニバトルに圧勝したななは、上体を素早く起こしました。

「これからどうするか、なんだけど」

 ななは、売店で買ったらしい地図を広げ、一点を指差しました。

「ここが現在地。…で、ここが3丁目。この間には鉄道が走っているのよ」

「じゃあ、それに乗れば3丁目まですぐだね」

 ωは顔を綻ばせました。正直、3丁目まで歩くのはめんどくさいな~と考えていたのです。

「そう。明日はそれに乗って、3丁目まで行く。その前にいろいろと買い物もしたいから早起きしなくちゃ」

 明日の予定が決まったので、ななはそこで会話を止めました。しかしωはまだ何か言いたそうにしています。

「どうしたの?」

「…ね~、僕たちが倒しに行く『魔族』って、どんなのだと思う?」

「え?」

 ななは顎に手を当てて考えました。急にそんなことを聞くなんて、ωにしては珍しく怖くなったのでしょうか。

「そりゃあもう、おっそろしい怪物じゃない?森の動物を全部食べちゃうくらいの」

 なながそう答えたのは、ωに少し意地悪してやろうという子供っぽい考えからでした。

 しかし、てっきり怖がるかと思ったωの反応は意外なものでした。

「それって、悪いこと?」

「え?」

「動物たちは可哀相だけど…僕たちだって肉を食べたりするじゃん」

 ωは、ρが寝ている方のベッドに腰を下ろしました。ρの耳がピクッと動きます。
「それなのに、その魔族を倒しに行くのかな~って…仕方ないけどね。動物たちが減ったら、人間が困っちゃうし」

 ななはこの言葉を聞いて初めて、ωがどうしてこんな事を言い出したのかわかりました。

 ωは思ったよりもずっと、ずっと多くの事を考えていたのです。

 ななが言葉に詰まっていると、今までずっと黙っていたみずきがωの隣に腰掛けました。

「…悲しい?」

 慰めるように、そっとωの頭を撫でます。

 ωはいつもの柔らかい笑みを浮かべると、

「悲しくないよ」

 ただちょっと、不思議に思っただけ―そう答えるのでした。

 

 

 

 

3丁目までの冒険 2

 さて。

 そんな風にして、なんとか旅に出たωたちですが、大事なことを忘れていました。

 先頭を走っていたαは、とんでもない方向音痴だったのです。

「おいっ、どうすんだ!!」

 ρはαを睨みつけました。

 彼らがいる場所は、街灯が並ぶ広い道の真ん中。その道は1丁目に繋がっています。彼らが出発したのは2丁目で、目指す3丁目は2丁目より東にあります。ここは2丁目より西。つまり彼らは逆方向に進んでしまったのです。

 ちなみに彼らの住む国は、地区どうしの間がかなり離れています。その距離は子供の足で二時間半かかる程。

「今から引き返すのか!? 野宿になるぞ!!」

 ρは西の空を指差して怒鳴りました。どこか懐かしく温かい色の太陽が、山の端に半分埋まっています。
 しかしαは顔を真っ青にしました。

「K-1に間に合わねぇ!!」

「問題点はそこか!?」

 ρは思わずツッコミを入れてしまいました。

「もう諦めろ…大体、方向を間違えなかったとしても間に合わなかったと思う」

「3丁目の宿に泊まって観ようと思ったんだよ!!」

 αはぷうっと頬を膨らませて叫びました。

「…ね~、α」

 しばらく成り行きを見守っていたωは、のんびりとした口調で言いました。

「このまま、1丁目まで行かない?」

「え」

「1丁目で宿を取ろうよ」

 αはぽかんと口を開けたままωを見ていましたが、やがてぱあっと顔を輝かせました。

「その手があったか!」

 テンションが上がったαは、ωをきつくハグします。

「やっぱお前すげーよ! さすが俺の親友!」

「大げさ」

 ωはいかにも迷惑そうに呟きましたが、ωの一言にこだわるαではありません。

「よーし、あの夕日に向かって走るぞ!」

 青春スポーツアニメのような台詞とともに、αは足を踏み出しかけました。

「待って」

 その時、口を開いたのはみずきでした。普段は寡黙なみずきが不意に声を出したものですから、当然みんながみずきを見ます。

「どうした?」

 ρが尋ねました。

「ここ、出る」

「何が?」

 ななは鼻を抑えながら問いました。そうしないと、先程のωとαのハグで出かけた鼻血が垂れそうだからです。

「魔物」

 みずきは無表情のまま答えました。

「魔物?きゃーっ!!それは本当なの!?」

「うん。だからここ、人あまり通らない」

 みずきは胸元をそっと撫でて、二丁の拳銃が入っていることを確認しました。

「うーん、でも他の道探してたら遅くなっちゃうよね」

 そうは言いましたが、ωはどうでもいいと考えていました。とにかく宿を見つけて、ふかふかベッドで眠れるなら多少遅れてもいいのです。ところが、αはそうではありません。

「行く!」

 彼は言い切りました。少々頑固なところがある彼は、言い切ったが最後決して意見を曲げません。

「でも、危ない」

「危なくなーい!いざとなったら俺が守ってやる!!」

 αは拳をみずきに突き出すと、フンと鼻を鳴らしました。

「…ありがと」

 みずきは珍しく微笑みました。

「フラグが立った」

 アルプスの少女のあの名台詞のような言葉をωが呟くと、ρは眉間にシワをよせ、狼耳をピクピクと動かしました。

 

「…ん~」

 日が沈み、辺りが少し薄暗くなってきた頃。

 結局1丁目に向かって歩いていたωたちは、ふと歩みを止めました。

 ωは隣のρに話しかけます。

「いるよね?」

「いるな」

 ρは頷くと、空気の匂いを嗅ぎました。獣人である彼は鼻がよく利きます。

「魔物のイノシシが9頭に…この匂いは鳥人か? 魔族もいるのか…」

 ちなみに、魔物は闇の力を有する獣、それが知性を持つと魔族というふうに区別されています。

「どうする? ω」
「うーん、なな、何とか出来ない?」

 ωは後方のななを振り返りました。

 ななは胸を反らすと、

「お任せ!」
 自信満々に言って、祈るように手を組みました。

「閃光爆発!」

 叫び、両腕を伸ばして一回転すると、彼女を中心とする半径50mほどの円の中が白い光に包まれました。

「うあっ!」

 円のあちこちで小規模な爆発が起こります。もちろん、ωたちは何ともありません。

 閃光爆発―闇の力を持つ者を感知し、爆発で攻撃する中級魔法です。

「くそっ」

 光が消えると、薄闇の奥に人影が現れました。いえ、正確にいえばそれは人ではありません。黒いローブを身に纏い、二本足で立っていますが、頭は鷲なのですから。

「ええぃ!出てこい我が下僕っ」
 鳥人は翼を勢いよく縦に振りました。すると、薄闇の奥から次々と醜いイノシシが出てきました。しかも、ωたちを囲むように配置されています。

「え~っ、急展開すぎるでしょ」

 ωはゆる~くツッコミますが、さして困ったふうでもありません。

 鳥人はそんなωに苛立ったのか、嘴から唾を飛ばしまくって叫びました。

「うるさいわっ!命が惜しければ有り金を全て置いていけ!」

「魔族ってお金いるの?ρ」

「なんで僕に聞くんだ?まぁでも腹が減るってことはないはずだ。魔法で何とかなるしな」

「もしかして、顔を変えたいんじゃねーの?不細工だし」

「整形?気にしてるのね」

「…整形プッ」

 ぶちっ

 口々に言い騒ぐ子供たちに、鳥人の何かが切れました。

「ええええぃうるさい!!かかれ下僕ども!」

 鳥人が吠えると、立派な牙を生やしたイノシシたちが一斉に向かってきました。

「瞬間移動!」

 ななが叫び、4人はとりあえずイノシシたちの攻撃を瞬間移動で避けました。

「一人2匹ずつだからな!横取りすんなよっ!」
 こんな時だけ計算が早いαは、拳を固めて猛然とイノシシに向かっていきます。

「ブルルァァァッ」

 いきり立つイノシシたちの牙が、濃い紫のオーラで包まれます。闇の力―ただ有するだけでもパワーアップするエネルギーです。
 それを牙に直接纏ったのですから、掠っただけでも相当な深手を負うことはまず間違いありません。

 しかしαは恐れることなく向かっていきます。彼の両拳に、風の渦が集まりだしました。

「じゃまだーっ!」

 αは高くジャンプしました。そして、風を帯びた拳を、一匹のイノシシの目と目の間に叩きこみました。

「ブルルァッ」

 イノシシはその場に倒れました。それだけではありません。彼の拳は爆風を巻き起こし、近くにいた3頭のイノシシを巻き添えにしたのです。

 拳風―代々αの家で受け継がれる伝統の技。αは歴代最強と囁かれている程の継承者です。 しかし、その技をかっこよく決めたαは、ショックのあまり膝から崩れ落ちてしまいました。

「お、俺が鳥人倒そうと思ったのに…もう役目終わっちゃった…」

「約束は守れよ」

 クールに言って、飛び出したのはρです。

 仲間を4頭も倒され、少し怯えていたイノシシたちですが、ρを見るとやけくそになって突進してきました。紫のオーラを纏う、不気味な牙。

「ひっこんでろ」

 ρは呟き、サッと消えるとイノシシたちの牙を全て叩き折りました。あまりの素早さに、イノシシたちは反応すら出来ません。

 ρの、灰色の毛に覆われた指には、長く鋭い爪が生えていました。まるで小刀の刃のように鋭利です。鋭いだけでなく強度も抜群なその爪にとっては、イノシシの牙なんて大根程度だったに違いありません。

 ρはオロオロするイノシシたちに、さらに襲い掛かろうとしました。
しかし、

「ρ。ステイ」

 みずきの声に、動きをピタッと止めました。獣人の中でも特に強い狼族のρですが、みずきには従順な犬なのです。

 みずきは2丁の拳銃を取り出すと、イノシシ目掛けて乱射しました。弾はイノシシの折れて残った牙に当たり、イノシシを殺すことなく倒していきます。

 みずきがわざわざそうしているのは、ある理由があります。―優しさ?まさか。

「血はななでうんざり」

 だそうです。

 そうこうしているうちに、残ったのは鳥人だけになりました。

「じゃあ最後は僕だね」

 ωはうれしそうに笑うと、背中の剣を抜きました。のんびり屋と言われているωですが、戦いは好きなのです。

「―!くそっ」

 鳥人は舌打ちすると、ローブを投げ捨てて空に羽ばたきました。流石は魔族。イノシシたちよりは頭がいいようです。

「ふははは!死ね小僧!」

 鳥人は高笑いすると、嘴から闇の塊を乱発しました。闇の塊はそれ自体がエネルギーの塊なので、当たれば一たまりもないでしょう。

「汚いなぁ」 ωは顔をしかめつつ、剣で頭上に降ってくる闇の塊を払い続けました。十歳とは思えない剣捌きなのですが、鳥人は驚きません。この子供たちの強さは、先程の戦闘でも明らかでした。

(しかし、奴は剣士!攻撃してこないのを見ると銃士の弾も切れたのだろう。つまり空にいる限りこちらに負けはない!)

「よし、溜まった」

 鳥人の思考は、ωの一言で途切れました。

「…は?」

「溜まった。やった」

 無邪気な笑みを、ωは鳥人に向けます。ついでに剣先も鳥人に向けました。

 剣の刀身が、濃い紫のオーラで包まれます。

「…ま、まさか」

「発射~♪」 シークの剣先から、闇のオーラが放たれました。しかも光速で。

「卑怯だろぉぉぉっ!!!」

 鳥人の叫びは、闇のオーラに掻き消されました。

 

ωは確かに剣士ですが、ただの剣士ではありません。

 ωの母は元剣士、そして父は魔術師です。よってωは幼い頃から、剣術と魔術の両方を教わってきました。

 しかし、5歳の頃にωには魔力が皆無だとわかったので、剣をメインとすることになったのです。

 それでもωに魔術を教え続けた父のおかげで、ωは剣に相手の魔力や技のエネルギーを溜め、それを魔術に応用することを覚えたのでした。


「さーて、皆さん大丈夫?」
 戦闘にほとんど参加しなかったななは、一人だけ元気ハツラツでした。

「怪我はないが、疲れた」

 ρが答えると、ななは全員に回復魔法をかけました。

「聖光」

 疲れをとるだけなので、初級魔法でも充分です。

「回復したわよ!」

「ありがとう」

 ωは柔らかく笑って、踵でターンして西を向きました。

 辺りは大分暗くなりましたが、このまま行けば9時までには1丁目に着くでしょう。

 目的地が違うんだけどなぁ…ぼんやりと考えましたが、ωは特に気にしていません。お母さんに帰宅時刻までは決められませんでしたから。

「出発進行~」『おーっ!』

 小さなパーティーは揃って拳を西に突き出し、再び歩き出すのでした。

「……うう」

 深夜、やっと鳥人は意識を取り戻しました。

「なんか、スースーするな…うわっ!?」

 鳥人は自分の体を見て声をあげました。

 毛並みが自慢の、自分でも美しいと自負する羽毛…それが所々ハゲているのですから。

 鳥人の側には、書き置きが残されていました。

『知ってる?鳥人の羽毛って持ってると魔力が増加するの!!だからちょっと貰っていくわね。

P.S.あんな技じゃ女の子にモテないわよ』

「うわあああん!!」

 鳥人は号泣しました。

 

 

 

 

3丁目までの冒険 1

「ちょっと、ω!!」

 日曜日の正午、リビングでまったりと本を読んでいたωは、お母さんの怒鳴り声の方に首を捻りました。柔らかそうな茶髪と垂れ気味の目はまるで女の子のようですが、ωは男の子です。

「なに~?」

 本を手に持ったまま、ωはお母さんの側に歩み寄ります。

「暇ならお母さんのお手伝いしてちょうだい!!」

「暇じゃないよ、本読んでる」

 十歳のωは、口ばかり成長したとよく言われます。僕は口裂け女じゃないんだけどなとωは思いますが。

「それは暇と言うの! ちょっと魔族を倒してきて!」

 お母さんは書類になにやらいろいろ書き込みながら、理不尽な頼み事をしました。

 ちなみに、お父さんは魔術師で、今は出張に行っていていません。お母さんはお父さん専属の秘書ですが、結婚前は剣士だったそうです。

「魔族って、どこの?」

「3丁目を少し行った先の洞窟!」

 その洞窟の近くには森があるのですが、近ごろ森の動物の数が激減したらしいのです。町内会長が調べたところ洞窟から魔力を感じたので、魔族討伐が決定されたのですが……

「近所の奥さんも町内会役員さんたちも忙しいのよ! だからこの件は子供会に任せられたってワケ」

「任せたんじゃなくて押し付けたんでしょ」

「いいから早く行きなさい! 男の子でしょ!」

 お母さんは元剣士なだけあって太くたくましい腕を横に薙ぎました。ωは素早くしゃがんでそれをかわします。

 お母さんが行けば2時間で片が付くのにな。

 そう思いながらもこれ以上の反抗を諦めたωは、自分の部屋に剣を取りに行きました。ωは剣士なのです。

 部屋に入ると、ωは白い鞘に収まった自分の剣を掴みました。長さはωの身長の半分くらいで、丈夫で軽い金属で出来ています。

 その剣を紐で背中にくくりつけ、いつも準備しておけとお母さんに言われている、荷物が詰まったボストンバッグを肩に掛けました。と言っても、どうせ三丁目までなのですが。

「行ってきま~す」

 ωは玄関の扉を開けました。すると、玄関の前にはωと同じ年頃の子供たちが4人もいました。

「お、やっぱりωもお母さんに追い出されたかー!」

 にへっと笑うのは、拳士のαです。
 いつものように鉢巻きを頭に巻き、タンクトップを着ています。見た目のとおりの元気少年です。

「αもお母さんに言われたの?」

「おー! でもωがいてよかったぜ!」

 αはωの肩をぽんっと叩きました。すると、

「きゃーっ!!」

 ふわふわ金髪を肩まで伸ばした少女、ななは真っ赤になった頬を両手で包んで叫びました。「男の友情よーっ、そして恋愛の始まりよーっ、きゃーっ!!」

 ちなみにななは魔術師で、治癒魔法を得意としています。明るくていい子ですが、時々わけのわからないことで興奮するのがたまにきず。

 以前彼女の家に遊びに行くと、彼女の部屋にはBLとか萌えとかよくわからない単語を散りばめた雑誌が積み上げられていました。

「もーっ、なんてドキドキするのかしら!! 興奮して鼻血が飛び出しそう!」

「なな」

 つんつんと腕をつつかれ、ななは横を向きました。

「鼻血、汚い」

 黒髪のショートボブ、黒い切れ長の目を持つ少女は、にポケットティッシュを差し出しました。ちなみにななは鼻血を出しているわけではありません。

「ちょっとみずき、私が鼻血を出したみたいに言わないでよ」

「出さないの?」

「そんなはしたないことしないよ」

 嘘だ、とωは思いましたがそんなことは言いません。

「わかった」

 みずきは無表情に頷き、デニム素材のベストのポケットにティッシュをしまいました。内ポケットには2丁の拳銃が収まっています。

「おい」

 みずきとななの間に割り込んで、銀髪の少年がωの前に現れました。
 獣人である彼の頭には狼の耳が生え、顔を除く全身が灰色の毛で覆われているため服は着ていません。

「あ、ρ」
「お前、俺に借りたマ〇オカー〇いい加減に返してよ」
 ρは腕を組み、足を踏み鳴らしました。

「あ、ごめん。あれデータ消えちゃった」

「はぁ!?」

 ρの全身の毛が、怒りで逆立ちました。

「最後の最後でピーチに抜かれちゃって、ついコンセントを引っこ抜いたのが悪かったかなぁ」

「当たり前でしょおおおおおおおおおおお!!」

 ρはフーッと獣のように唸ります。
 しかし、

「ρ」

 右腕のあたりの毛を引っ張り、みずきはρを見上げて言いました。

「ケンカ、やだ」

「…」

「やめて?」

 ρはみずきの腕を振り払うと、ぷいっと顔を逸らしました。

「あーっ、最悪っ。なんで僕が悪者なんだよ」
 ρは吐き捨てるように言いましたが、しっぽをちぎれんばかりに振っていました。

「あっ!」

 突然、αは大声をあげました。

「今日K-1があるんだった!!」

 αは拳士なので、K-1は欠かさず見るのです。

「何時からなの?」

「9時! あーもう録画頼むの忘れたーっ!!」

 αはωの腕をギュッと掴むと、

「急いで魔族を倒すぞ!」

 猛スピードで走りだしました。

 みずきは隣をちらりと見ると、先程のポケットティッシュを再び取り出しました。

 ななはそれを受け取ると、一筋流れた鼻血を拭き取りました。

 

 

 

 

 

ありがとう。~11~

美彩「では、行きますかw」

 

__来週 旅行当日 駅ホーム

 

アナウンス「まもなく、○時出発の電車がまいります。」

リン「おぉ」

警察「来たな」

月鬼「さ、さ、乗ろうぜw」

楓「・・・情報によると・・・・」

美彩「どした?」

楓「電車、ほぼ満員らしい」

警察「は?」

美彩「さらに電車は指定席だけど、3席しか取ってない」

月鬼「はぁ・・・」

??「ねえねえw満員だってよwww」

??「不幸だ・・・」

リン「・・・今meに似た人がいたような・・・」

美彩「ん?どうした?」

月鬼「じゃあ、美彩とリンリンはたちっぱだなw」

警察「そうだなww」

リン「えーwwwww」(うーん・・・)

美彩「大丈夫。私たちは疲れないからb」

アナウンス「まもなく○番線○じ発の電車が発車いたします。」

楓「はやく乗らなきゃ~」

 

__電車内

 

??「ポイズンが言っていたが、俺たちに似ている人が・・・」

??「たち?じゃあmeも?」

??「そうらs・・・」

??「・・・・s・・・・・」

リン「だめだ。遠くてちょっとしか聞こえない」

??「不幸だーーーー!!」

月鬼「ん?いま警察『ふこうだー』って言った?」

警察「?なんのこと?」

楓「マジで聞こえましたねぇ・・・」

美彩「ふぉうわ」

??「富士急に鮪丼あるかな・・・」

警察「リンリンwwそんなわけねぇだろwww」

リン「?いや。me何もいっとらん」

楓「不思議・・・なんかの現象か?」

美彩「ふぉうわ(ドヤ顔)」

月鬼「あ、あれじゃね?おまいらに似てるやつ」

警察「可能性はあるがまさか声も同じとは・・・ねぇw」

リン「激しく同意」

美彩「物理的にありえない」

楓「物理・・・なのか・・・?」

 

__2時間後 富士吉田駅

 

リン「いやーつきましたね~」

警察「まだ雪が残っているのか・・・」

??「バスで富士Qか・・・hmhm」

月鬼「ほらwいろんな人がバスで行こうって言っているんだからww」

楓「バス乗りますか」

美彩「いまきた」

 

__バス内

 

リン「meドコでもよろしい」

楓「5人だから誰かが1人にならないといけませんねぇ・・・」

リン「me1人でよろしい」

警察「ではよろしく」

運転「まもなく発車します・・・」

??「ふおあああぁぁぁぁ!!」

??「警察がのろのろしてるからこういうことになるんだよ!」

??「まあいいじゃないかw間にあったんだしw」

リン「・・・警察・・・?」

??「あ、リンリン。あそこにおまえと似ている人いるぜw」

リン「あ、あ、me!?」

ガバッ

リン「あ、あはは~今日コスプレで富士Qか~」

??「なんだ。コスプレーヤーかw」

リン「(・・・警察・・・?リンリン・・・?)」

リン「(・・・)」

リン「(なんだろう。meと同じ名前?)」

警察「ん?リンリン、どした?」

リン「え、あ!う、ううん・・・」

美彩「あと15分かw」

楓「hmhm」

月鬼「おおじゃないかのるぃまくるぜぇぇぇぇ!!!!」

リン「(ん?もう1組にたような声の人が・・・?)」

??「とうまぁ~!ドミソピザのるんだよぉぉぉぉぉ!」

??「やめてください。上条さんまわるの好きじゃないんです」

??「ッハw当麻は相当な怖がりさんだなーwwww」

??「警察だって行く前ジョジョンパにビビッてたくせに・・・」

リン「声のドッペルゲンガーと見た目と声のドッペルゲンガーが・・・」

リン「こう見ると警察が3人いるように見えるな・・・」

 

__15分後

 

月鬼「Foooooooooo!!!!」

楓「さすが山です。空気がおいしい!」

美彩「あそこに観覧車が・・・」

リン「・・・」

警察「ん?リンリンどうした?」

リン「ちょっといい?」

警察「はぁ!?俺が3人!?」

リン「meも正直不思議って思うんだが・・・」

警察「じゃあ月鬼がいっていたことは本当なのか・・・」

リン「そうみたいだね」

警察「まあww普通にしようぜww面倒くさいしww」

リン「そねww」

月鬼「おーいw早くのろうぜーwwww」

警察「おう!」

 

_お化け屋敷

 

リン「うわ。くら。」

楓「くらいですねぇ・・・」

月鬼「・・・」

警察「・・・」

美彩「え?くらい?そうかなぁww」

 

__広場

 

リン「ふぅ」

警察「あそんだwあそんだww」

アナウンス「ご来園いただきありがとうございます。」

月鬼「ほう。なんだろう」

アナウンス「交通情報をお伝えします。現在、高速道路、国道線は大変混雑しております。お手数ですがお帰りになられるところが遠いお客様はホテルにとまることをおススメいたします。」

楓「おうふ」

美彩「今日は帰れないかもww」

警察「ホテルかぁww」

??&??「不幸だ・・・」

??「大丈夫。お金は足りるかも」

リン「ドッペルさんたちもホテルかぁ」

警察「ちょwwwホテル情報一番高いところしかあいてないぞww」

美彩「大丈夫ww私とリンリンの分はいらないからwww」

月鬼「あ、そか」

楓「ではホテルへGOww」